卒業旅行 トルコ2週間の旅 9日目前半アンカラ編
アンカラ編までは頑張ってちゃんと書きます。
この後はイスタンブールに戻るんですけど、そこはダイジェスト化しちゃうかも。
アンカラ観光の目玉、アタチュルク廟です。
腐敗と衰退を重ねた末期オスマン帝国は西洋列強により分断され、最終的に屈辱としか言いようがないセーヴル条約を強いられました。そこで立ち上がったのがケマル・アタチュルク。彼は類まれな軍才と列強の隙間での器用な立ち回りを武器にトルコ領を次々と奪還し現在の「トルコ共和国」を建国します。
ここは、今もなお強い崇敬を集める建国の父を納めた大きな霊廟であり、また彼の足跡を辿れる歴史博物館でもあります。筆者はアタチュルク大好きなんですよね。そしてこの場所の雰囲気もまた100%完全にツボ。
全景で見て頂くと分かるかもしれませんが、広々と開放的でありつつも華美な装飾がなく、質実剛健な仕上がりになっていることが伝わるでしょうか。
アタチュルクはその時代にしては珍しい現実主義者でありました。帝国主義下における全盛期オスマン帝国の再興や豪華絢爛な宮廷生活よりも、トルコ民族固有の領土(アナトリア半島)の奪還及び西洋文明を見据えた革命的な近代化政策を優先し、為政者としては大胆かつ堅実。
そんな彼の人となりを踏まえたのか、この霊廟は偉大さを象徴するように壮大でありつつも、シンプルで洗練された美の構造になっています。この完成された世界観まさしく筆者好みなんですよね。ここに来て本当に良かった。
中の博物館パートです。
アタチュルクの足跡を辿りながら現在のトルコ共和国が建国されるまでを映し出す展示構成となっており、彼の所有していた文物や戦闘を描いた絵画が置かれているほか、独立戦争に協力してくれた戦友についても触れられています。
2枚目のイスメト・イノニュもトルコ史上で重要な人物。アタチュルクの右腕として支え続けた他、第二次世界大戦ではアタチュルクの遺言を守り、列強に上手く取り入って中立を守った名将。伝記読んで以来気になっていたんですよ。
余談ですがこのアタチュルク廟にイスメトの墓もあります。ちょうど全景の写真を撮った辺りの真後ろですね。
展示が普通にめちゃくちゃ面白いし(トルコ建国史大好き補正)、場所の雰囲気も最高だし、あと有名な衛兵交代式も見れたので本当に良かったです。衛兵は動画で見た方が面白いと思うので「Anıtkabir」と検索してみて下さい。
アタチュルク廟を出た後はもう一つの名所であるアンカラ城に行こうと思ったのですが、下調べが雑すぎてとりあえず地下鉄のウルス駅に行けばいい!という大雑把な動きをしたところ無事迷子になりました。
そうして適当に歩いているとひと際大きな白亜のモスクを発見。Melike sultan mosqueらしいです。今調べたところ2017年に出来たごく新しいモスクだそうですね。今でも建築が続いているというのはちょっと意外です。
ところで散歩のついでに現地のスーパーに寄ってみたらジャガイモが1kg 40円と激安でビビってました。あとトマトも激安。ピラウに使う米も売ってましたね。
前も話した気がしますがこうして安いからこそ主食になるんでしょうね。食文化の原点は価格設定にあるのかもしれません。
アンカラの中心にあるアタチュルク像です。
一通り歩いてようやくウルス地区に帰ってくることが出来ました。google mapで見ると繋がってるように見えるけど、実は入口は一つしかないので無理でーすというパターンに引っかかっていたようですね。
ヘタに近道しようとしないで普通に行かないと迷子になると勉強になりました。目印でもあるこの像を起点にちゃんと観光してこようと思います。
写真で記事も伸びてるしこのへんで分割します。
次はアンカラ城にリベンジします。お楽しみに。
卒業旅行 トルコ2週間の旅 8日目後半コンヤ~アンカラ編
筆者大混乱編。まあこれはこれで楽しんでいましたが。
(写真撮ってなかったので帰りの写真です。時間違うの許して)
Eryaman駅で降ろされた筆者は非常に困ってしまいました。というのもここは全旅程中で断トツ英語が通じない街だったからです。まさか「Excuse me」が通じなかったのは後にも先にもここだけでしたよ。
新幹線開業自体が2010年代の出来事ということもあり、非常に洗練されていて綺麗な駅舎なのですが、まさか郊外の途中駅に外人が来るとは想定していなかったのか、誘導板含めて英語を一つも見つけられません。すごい所にきてしまった。
とりあえず筆者は地下鉄や送迎バス等でアンカラ駅まで行く方法がないか考えることにしました。英語は通じないので赤ん坊レベルのトルコ語とボディランゲージです。
Wikipediaによるとアンカラは地下鉄網が整備されているらしく、Eryamanからは2回乗り換えれば宿の最寄り駅であるマルテペ駅まで行けそうです。ならばまずは乗り場探しですね。
ところで財布に100リラ札しかなくて使い勝手が悪いので崩すことにします。
写真はトルコでは屋台で気軽に買えるシミットという胡麻パンです。結構大きくて腹持ちもいいのに数十円で買えるから庶民にも優しいですね。ちなみにこれ買う時もpleaseが通じなくて苦労したんですがもういいです。
さて元気注入したので通行人にサブウェイ(=地下鉄)の乗り換え口を訪ねるのですが、なぜかみんな地上階のYHTの隣の島へ続く改札を指差していきます。
俺は地下鉄駅探してるんだけど、と言ってみても不思議そうに首をかしげられるだけ。教えられたホームは地下鉄じゃないから半信半疑もいいところですが、他に手段もないので従ってみることにしました。
結論から言うとこれは地下鉄ではありませんでした。
バシュケントレイ(Başkentray)という最新の鉄道網です。もしかしたらこの存在をまとめた日本語ブログ記事は筆者が初めてかもしれません。路線が完全に整備されたのは本当にここ1年ほどの事であり、日本人が気軽にググる範囲には名前すら出て来ません。
アンカラの中心市街を挟んで東西の郊外までを一本で繋ぐ新設の在来線です。分かる人向けに例えるとアンカラ版のMarmarayとも言えるかもしれません。これがYHTからの乗り継ぎの役割も兼ねていたようですね。
サブウェイと言ってるのにみんな地下鉄じゃない所指すの不思議だったけど、要するに「在来線あるから普通にそれ乗れよ」って意味だったのか。
乗ってみると見事にアンカラ駅まで一本で行けましたし、途中のどの駅のホームも驚くほどピッカピカで本当に真新しい路線なのが伺えました。乗り心地も快適で、次もまた乗ってみたいという感じ。存在さえ知ってたら簡単なので皆さんも是非使ってみて下さい。
ちなみにアンカラ駅です。どんだけピカピカでデカいの。流石首都。
この日は名前にInternationalを冠するホテルに泊まったのですが、レセプションが本当に英語喋れて久しぶりに感動していました。言語が通じるって幸せです。
ところで夕食はホテル近くの小さな店に入ったのですが、オーナーに日本人だと答えると、「それなら」と彼の友人らしいトルコ人のじいさんが呼ばれてきました。じいさんは筆者の正面の席に座って、興味津々に筆者に話しかけてきます。
どうやら昔日本で働いていたことがあるそうで、茨城の八千代町からお台場に移ったんだとか、最近寒いけど酒飲むと頭活性化して全身ポカポカだよとか、逆に筆者の旅行談を聞きたがったりと日英トルコの3か国語ミックスでいっぱい会話してくれました。
最終的になんだか気に入ってもらえたのか、じいさんがオーナーと交渉して本来30リラの食事代が15リラでいいことに。なんだかたくさんのいい人に出会って助けられてますね。こういうの旅行の醍醐味だなーって感じます。
さて明日はアンカラ市街の観光です。
一番楽しかった街かも。お楽しみに。
卒業旅行 トルコ2週間の旅 8日目中編コンヤ~アンカラ編
さて続きやっていきましょう!
ようやくコンヤ駅にやってきました。2.2kmも大雪の中歩いたんですから、なんとしてもアンカラまでの切符を買わなくてはいけません。
ところがこの駅 外人観光客を想定してないのか、入口のX線検査員も切符売り場の人も構内の客もまるで英語が通じない。本当に通じないんです。「I'd like to BUY a ticket to ANKARA」すら通じないってどうなんですかね...
まあ気合でYHT(トルコ語ではイェー・ヘー・テー)、Ankara、Today、Ticket、Earlyとキーワードだけ必死で並び立てて、財布見せたりボディランゲージしたりして粘ることで一応切符を買うことには成功しました。...ある一点を除いて。
筆者が行きたかったのはYHTコンヤ~アンカラ線の終点、Ankara駅に行きたいのです。ところが発行された切符にはEryaman駅という全然違う駅名が書いてあります。どうやら路線図によるとアンカラの一つ手前の駅であり、アンカラ中心街から30kmほど離れた郊外のようですがそんな意味の分からない所に放り出されては困ります。
そこで筆者は何度も食い下がって「No Eryaman, but Ankara」と交換を要求するのですが、向こうも「It's Ankara」と食い下がってきて話がまるで進まない。後ろにインフォメーションカウンターがあったので(注:この人も英弱)聞いてみたのですが、やっぱり「Ankara, OK」と返されてしまいます。明らかに別の駅なのに。
仕方がないのでとりあえずYHTには乗り込んで、Eryaman駅を無視してアンカラまで乗り越せばいいと決心しました。最悪の場合、切符無効でもう一度正規運賃を払わされるかもしれませんがそのリスクは覚悟の上です。曲がりなりにも駅員の許可は得ましたからね。
ちなみに乗り心地ですが、新幹線は最高時速250km。本当に山一つない荒涼とした大地が地平線まで続く茫洋とした景色を横切って、アナトリア大陸を爆走していくのは非常に気持ちが良かったですね。
しかも写真のように軽食サービスもついていて、なんだか飛行機にでも乗ったような気分。ちなみにこのメニューはトルコにおけるごく一般的な朝食です。確か25リラ(約530円)しか払ってないはずなんですが。
うっすら思ってたけれどトルコ全体的に交通費安すぎませんか。イスタンブールのトラムも何駅乗っても2.6リラだし。日本よりゼロ一個少ない気がします。
さて勇ましい決心はどこへやら、結局Eryaman駅で下ろされてしまいました。
乗客全員がEryamanで降りてしまい、車両自体も回送になったので物理的に抗うことが出来なくなったからです。*1なんならトルコ新幹線に喧嘩売る覚悟まで決めてたのに...あの本当にここどこなんですか。
思ったより記事が伸びたので分割します。
次はEryamanの混乱からアンカラの夕食の話をします。お楽しみに。
卒業旅行 トルコ2週間の旅 8日目前半コンヤ編
さあGWでゴールまで目指しますよ。
朝食を食べた後はさっそく市内観光へ。この日も-1度で曇りのち雪なので観光には不向きな日でした。2月中はだいたい天候の勝率50%ほどでしたね。
写真はコンヤ中心部のど真ん中に位置するアラアッディンの丘です。ここはちょっと高台になって開けていて、市民憩いの場+モスクといった様子。朝一番ということもあり周囲に誰もいないので結構快適です。
丘にあるアラアッディン・ジャーミィ。
セルジューク朝時代のモスクで相当歴史が長いんだとか。天井は平面だし、少々柱が多いところを除けば普通の建物って感じですね。なんだか逆に新しい感じ。
いつから今までのモスクのように、丸屋根で豊かな装飾が当たり前の大規模モスクへと変貌していくことになるんでしょうか。
モスクに普通に置いてあった掃除機です。
なんか古いけど質実剛健な感じのモスクに、妙に現代的なアイテムがあるのが不釣り合いで写真撮っちゃいました。
これは持論ですけど観光地の写真って見栄えする正面向きの写真ばかりが残りますよね。でも実際の思い出ってそこから振り向いた背中側とか、出入り口の靴脱ぎ場すらその場所の大切な1ページ。ネットが発達した今、むしろこういう「裏側の」思い出こそ形にして残しておきたいなって思うんです。
昨日は外観ぐらいしか見られなかったメヴラーナ博物館です。
博物館と言えばイスタンブールでトプカプ宮殿を回りましたが、その時はオスマン帝国要素が強く、豪奢さや格調高さを感じたものですが、それと比べてこちらはイスラム教や中世の暮らしぶりがメインで展示されている印象を受けました。
実は敷地内のどこかにムハンマドのひげがある(これが一番メイン)のですが、筆者は外周の小部屋まで含めて一通り探したけれど残念ながら最後まで見つけることが出来ませんでした。なんでなん...つらい。
さて失意のメブラーナ博物館の後はいよいよ本日のメイン、YHT(トルコ新幹線)に乗るためにコンヤ駅へと向かいます。
駅までは約2.2kmで、どうやらバスがあるようですが野生の勘から英語があまり通じない街の市バスは危険と考えて徒歩で行くことを選択。ところが歩き始めた辺りからだんだん雪が強まってきて一息で歩き通すことが困難に。
もうお分かりですよね。そういう時トルコでは道端のカフェに入ってチャイを飲みます。この日は確か3リラだったはず。ただ店主がファンキーな人で、会計で100リラだよとおどかされました。そういうジョークは心臓に悪いよ。
コンヤ駅近くの店で昼食です。厳密には駅で切符を買おうとして一揉めした後に来たので、時間軸的に前後しますがまあいいでしょう。
メニューもないしよく分からないので「ケバブ、ケバブ」とオーダーしましたがこれがさっぱり通じない。実はこれトルコ語で「肉焼いた奴、炒めた奴!」と言ってるようなものなので、〇〇ケバブの〇〇の部分を言わないと通じないのは当然っちゃ当然なんですけどね。店先の重ねた肉を指してアピールしてたら結局これが出てきました。
ちなみに今回の旅行中最安の13リラ。肉の下にはご飯もあってパワフルな料理でしたが完全に観光ルートから外れてることもあって激安。ちょこっと英語が分かる他の客と店主が協力して筆者とコミュニケーションを取ろうとしてくれたし、値段もですがトルコの庶民生活に直接触れた気がして地味にいい思い出です。
さて無事コンヤ駅まで歩くことが出来ました。
次はYHTで首都アンカラへと向かうのですが、駅での顛末は次の記事に分けることにしましょう。今度こそ新幹線の話をします。お楽しみに。
卒業旅行 トルコ2週間の旅 7日目後半コンヤ編
今日も元気に続きを執筆です!
昨日の続きですけどこちらはメブラーナ博物館。
コンヤという街はイスラム教徒にとって結構重要な都市であったりします。というのもこの地がセマーと呼ばれる旋舞で有名なメヴレヴィー教団の総本山だからです。そしてその教組であるメブラーナを奉った霊廟こそが、このメブラーナ博物館なのです。
大きな入り口の先には彼に関連する文物や等身大の人形を用いた当時の暮らし再現ゾーンなどがあり、また壁際の小部屋にも様々な展示が行われています。
ただこの日は来訪が16時45分ぐらいで、閉館が17時とほとんど観光出来ていません。まあ広くはないのでそんなに見て回るものが多いとは思いませんが、一応翌朝再訪することに。
こちらは博物館の隣に隣接しているスルタン・セリム・ジャーミィです。名前からしてオスマン帝国全盛期のセリム一世の頃に造営されたのでしょうか。
大きなモスクではありますが、イスタンブールでいろいろ回ってた身には少々地味でした。いつの間にか感性が贅沢になってしまったかな。ただ雨降りかつ寒かったので休息には丁度良かったですね。いつも同じ感想言ってる気しますけど。
そうそうこの日は一人なのにツインルームでした。嫌がらせかな。
ただ一人で(しかも通常料金でも)セミダブルどころかクイーンベッドに案内されることがザラだったので単に一人部屋の区別をしてないだけという可能性もありますね。
余談ですけど、コンヤという街は歴史的にイスラムと関係が深いため、市内は完全にトルコ語のみだし、第二外国語もアラビア語。そのためびっくりするぐらい英語が通じません。
案内板に英語が一切ついてない街は初めてだったので相当面食らいました。フロントも4つ星の割に英語怪しかったし。ちゃんと英語話せたのさっきのMuratくんだけだったかも。あれ、じゃあ彼があんなに優しかったのはそういう親切だったのかしら。
今日の夕食です。
コンヤで一番の目抜き通り沿いの大きな店に入ったのですが、その割には値段がカッパドキアの6~7割程度と相当安い。一般的な観光客だと寄るか寄らないか微妙なラインの都市だったし市民価格なのかもしれませんね。
メインはコンヤ名物の柔らかめのキョフテの下にヨーグルトとふやけたクルトンみたいなものが混ざった一品。かなり個性的な味で正直好みではなかったです...
ヨーグルトがノイズとしか思わなかったんですが、人によってはこのヨーグルトこそが美味しいらしく。まあトルコ料理も好き嫌いということなんでしょうか。
ただこの日一番印象に残ったのは付け合わせに出されたこっち。
画面奥の黄色いシシトウ状の野菜なんだと思います?私はトルコ料理の経験から普通に食べても大丈夫な奴だと思ったのですが、正体はまさかの唐辛子より3倍辛い"超"唐辛子。
う、うわあああああああ??!?!?!!
発狂しながらでもすぐに取り出せばまだ助かったのに、錯乱のあまりさっさと食べ切ろうと噛み続けたせいで口の中がもうどうしようもなく大変なことに。顔を真っ赤にして「ああ”-っ!?あ”あ”-ああああああ??!」と叫びながら水を飲み切って、醜くうめき続けるひどい有様になりました。
ただそういう時にもトルコ人は優しいんですよね。
英語は通じないけど真っ赤な顔で必死に「This!so spicy??!too spicy?!!」と訴えてたらセラーから追加の水を出してくれて(本来有料)、レジにあったミニアメいっぱい渡してくれて、極めつけにアイランももらってしまいました(本来有料)。
アイランは牛乳から出来てるのでこういう辛さの鎮静には効果大きいんですよね。カッパドキアで飲んだ時は甘味がなくて微妙でしたが、こう命を救われるとアイラン...ありがとう...。印象が見事逆転。結局2杯も受け取ってしまいました。
いざ会計の時、いろいろもらったし安くなくなっちゃうなと思いましたが、面白いの見せてもらったしそれはタダでいいよ(大意)と太っ腹な返事。アイランまあまあ高かったはずなのに。気が利くしユーモアはあるし、これだからトルコ人は大好き。
明日はコンヤをもう少し観光した後、初めてのYHT(トルコ新幹線)にチャレンジします。お楽しみに。
卒業旅行 トルコ2週間の旅 7日目前半カッパドキア~コンヤ編
さあ昨日のリベンジしましょう!
昨日は残念ながら霧で断念したバルーンツアー。宿のオーナーへの無茶ぶり通って翌日のフライトを予約することに成功しました。これ夏の繁忙期だとまず不可能だったそうで、ある意味時期に感謝ですね。
さらに支払いをどうしてもクレカにしたいと追加の我儘言って、オーナーにはバルーン会社のクレカ支払機をはるばる宿まで持って来てもらうという手間まで掛けてしまい本当に頭が上がりません。もう「なんちゃって」ホテルでも部屋傾いてても許すよ。
写真全部貼ってたらブログ落ちちゃうので泣く泣く3枚に絞りました。
1枚目のような起伏に富んだ奇岩をやや上から眺めたり、3枚目のようにあえてギリギリまで寄ってみたりと、熟練の操縦士が緩急をつけながら上手に案内してくれます。
なんだか自分が直接ドローンに乗って散策しているような錯覚をしてましたね。確かにもう触れるんじゃないかという距離に近付いたり、上空400mまで上がって俯瞰したりする映像ならネット上にいくらでも転がってるんですが、実体験してみると一味違う。
気温とか風とか気球の熱気の中で、自分の三半規管ごと揺さぶられながらあの映像を体験するのはまるで替えが効かない体験なので、正直高いですけど無駄にはならないんじゃないかと思います。
無事着陸した後は乗員全員にシャンパン(orぶどうジュース)が配られてちょっとしたパーティが行われます。ちなみにこうした宴は初めて人力気球に成功したモンゴルフィエ兄弟の祝賀に倣っているそうですよ。聞き取れて良かったな俺。
ただぶどうジュースかワインなのかはよく聞き取れず、ワイン苦手な筆者は飲むべきが結構迷ってましたが。まあ結果はジュースだったのでセーフ。
バルーンツアーの後はホテルに戻って朝食を取り、前日予約しておいた長距離バスで約3時間かけて三都市目のコンヤへ。なんだかYHT(トルコ新幹線)使うからバスいらない、とか言ってた割に普通にバス使っちゃったの敗北感ありますね。他に交通手段ないので許してください。
ところでここまでの移動中、アクサライという街でバス休憩したんですがアナウンスがトルコ語onlyだったせいでよく分からない。トイレ休憩なのか、昼食タイムも兼ねてるのか。とりあえずトイレした後はバスの前でずっとオロオロです。
ただ例によってトルコ人は親切なので、同じバスでコンヤに向かうという青年のMuratくんが英語で筆者のことを助けてくれました。結論から言えば20分ほど休憩でチャイでも飲む時間だったそうです。そのまま一緒にチャイを飲むことになり国際交流しちゃいました。
普通にお互いの出自とか専攻とか日本アニメの話してましたね。典型的話題なのでもう少し準備しておけばよかったかも。あと髭が結構すごかったので勝手に年上かなと思いましたが、19歳でむしろ年下だったそう。トルコ人の年齢マジで分からん...
そういやなぜかチャイは奢られました。俺年上なのに。
ところでこのMuratくん本当に親切なんですよ。
コンヤでは写真のメブラーナ博物館に行きたいんだ、と話してたらバスターミナルから市内の路面電車乗り場まで案内してくれて、チャイだけでなく路面電車のICカード(チャージ付き)も奢ってくれて、「ぼくは君の一個前の駅で降りるから、君は絶対このAlaaddin駅で降りるんだよ。Alaaddin。いいね?」と丁寧に念押しまでしてくれました。
トルコの青年ってみんなこんなに親切なんですかね。流石にそんなことはないと思うんですけど、でもトルコ人は概して優しいのでもしかしたら、と希望を持ってみたい自分がいます。
彼には唯一財布に残ってた日本の50円玉をあげて、I Sincerely appreciate you.とサンキューより重い感謝を返しましたが、受けた恩にはまだ見合わないなあ。本当に感謝してます。このブログの場を借りてありがとうと伝えたい。
ちょっとMuratくんでテンション上がってたら記事伸びちゃいましたね。
もう少し書きたい話はあるのでやっぱり2話に分割することにします。お楽しみに。
卒業旅行 トルコ2週間の旅 6日目後半カッパドキア編
連続更新頑張ります!
皿の体験見学の後はパジャパ―地区へやってきました。
カッパドキアの中でも一番「奇岩~~~」って感じの景色が楽しめるスポットです。背の高いきのこ岩を真下から眺めたり、写真外のミニ登山道を経由して奇岩に直接登ってみたりと非常に面白くてレアな体験をすることが出来ました。
何より昼食辺りからは天気が回復したおかげで、朝とは打って変わって眩しいぐらいの晴天になってくれたのがとても良かったですね。徒歩じゃ来訪困難なのでやっぱりミニツアーオススメです。
パジャパ―地区の後は車窓からレッドバレーを眺めつつデブレントへ。
写真の岩が何かの動物に見えるとして話題のスポットです。模範解答はラクダなんですが...皆さんは見えましたか。「ここは他の奇岩も何かに似ているので積極的に探してみるのがいいと思う」とガイドさんが言ってましたが、残念ながら俺には何も見つけられず。一回休み。
レッドツアーは名残惜しいですがこれで終了。
最後は丁寧に各自のホテルまで送り届けてくれます。3記事前でチラっと触れた「本物」の洞窟ホテルと自分の「なんちゃって」ホテルの違いを直接目の当たりにして若干凹みましたが、まあそれは将来のお楽しみということに。
この日の夕食はカッパドキア名物のテスティ・ケバブを頂くことに。
写真のような壺に牛肉やトマト、ナス、パプリカ、シシトウ等を詰め、そこにパン生地を被せてかまどで焼いた料理です。結論から言いますとトルコベストフードランキング1位は絶対にこれ。本当に最高でした。
硬くならない絶妙なラインで火の通った肉、柔らかい野菜たち、日本にはないトマト&香辛料ベースの味付けが信じられないぐらいのベストマッチ。それを熱の逃げない壺からアツアツのまま最後まで食べられるとは。もはや食べない理由がないので、トルコに来る際はこれだけでも是非食べて行ってくださいね。
そしてこちらはトルコで親しまれている、飲むヨーグルトのアイランです。
砂糖の代わりに塩が入っており、甘さはなく非常にさっぱりとした仕上がり。これ単体では少々厳しかったりするのですが、キョフテやアダナ・ケバブのような濃い肉料理と合わせると上手く中和されて美味しくいただけます。
この日は壺焼きケバブが単体で美味しすぎて、こちらは正直美味しいと思わなかったのですが、翌日の某エピソードのおかげで印象が変わった、筆者にとっては因縁の飲み物でもあります。
カッパドキア編は翌朝のバルーンツアーを残すのみで、そのまま3都市目のコンヤという街に向かいます。お楽しみに。